今回の論文は、猫の輸血用採血時の合併症の発生頻度やその内容を、鎮静処置の有無で比較した調査結果です。猫のドナーを募集する際、飼い主様にとっても、獣医師にとっても、鎮静処置を行うことが、1つのハードルとなっています。確かに犬と比較すると猫は輸血用採血時に鎮静処置を必要とするケースが多いかもしれません。この論文は、無鎮静下での輸血用採血で生じる合併症の頻度が、意外と低いことを示しており、鎮静処置を行わずに猫の輸血用採血を行うことは十分に選択肢になることを伝えています。
個人的には、大型の猫の方が無鎮静での輸血用採血を許容できる印象があり、小型の猫が多い日本では合併症の発生率が欧米で作成された本論文のデータよりも高くなる可能性はあると思います。また、初めの頃は無鎮静を許容しても、輸血用採血を複数回繰り返すことで学習し、許容できなくなるケースも何度か経験しました。鎮静処置の必要性に関しては、動物の状態、性格をよく観察し、その動物にあった方法を選択することが、ドナーを長く継続して頂けることにつながる秘訣と考えています。
(担当:長島、瀬川、井手)
猫の献血時に鎮静剤を使用した場合と使用しなかった場合に発生した合併症の回顧的研究
著者: Doolin KS, Chan DL, Adamantos S, Humm K.
掲載誌:J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2017;27(5):555-560. PMID:28795784
目的:猫の献血時に鎮静剤を使用した場合と使用しなかった場合で発生した合併症を調査すること
研究デザイン: 2010年〜2013年までの回顧的研究
場所:大学附属動物病院
対象動物:献血プログラムに登録した健康な飼い猫
介入:なし
方法:32匹の猫から計115件、輸血用採血が行われた。そのうち70件は無鎮静で、45件は鎮静下で実施された。各採血について、予定された採血量、実際の採血量、鎮静プロトコル、採血前・中・後に見られた合併症を記録した。
結果:合併症を、採血中の体動、ドナーの不安兆候(鳴く、手が出るなど)、採血量不足、頸静脈関連の合併症(血腫、皮膚炎、静脈炎など)、鎮静剤の追加投与、および心肺のトラブル(開口呼吸、呼吸促拍、頻拍など)の6種に分類した。フィッシャーの正確確率検定を用いて、無鎮静と鎮静下の合併症の頻度を比較した。115件の輸血用採血のうち、54件で合併症を確認した。採血中の体動は鎮静下で0件、無鎮静下で24/70件(34.3%)認めた(P <0.001)。ドナーの不安兆候に関しては、鎮静下で2/45件(4.4%)、無鎮静下で14/70件(20.0%)認めた(P = 0.014)。輸血用採血を無鎮静下で行った場合に、採血量不足、頸静脈血管関連の合併症、心肺のトラブルが増加することはなかった。鎮静下で採血した猫のうち8/45件(17.8%)において鎮静剤の追加投与が必要であった。
結論:無鎮静下の猫では採血中の体動とドナーの不安兆候を頻繁に認めたが、これは鎮静処置をしていない猫を優しく保定した場合に想定できた範疇であり、それほど問題ではなかった。したがって、献血ドナー猫から無鎮静下で採血することは、鎮静下での採血に代わる現実的な選択肢と思われた。
※一部、本文より抜粋して加筆させて頂きました。
献血時の猫の保定は頸部よりの採血で通常の血液検査で採血するより太めの針を使用します。猫が不安にならないような保定の技術習得がとても大切だと感じます。最近獣医師や動物看護師を目指し臨床に入られる方々実際に猫や犬と生活を共にしたことのないため、行動学的な知識や技術が不足していることを懸念しております。幸い10月にネコとイヌの身体診察がファームプレスさんより発刊されましたので、是非熟読していただきたいと思います。